ガチャン!! 「…?」 夕飯の後だった。リビングのソファに半ば横たわっている僕が、そろそろお風呂に入ろうかな、などと悠長なほど平和 に過ごしていたとき。いきなり響いてきた何かが割れる音。何かっていうか、明らかにダイニングで食器の割れた音 なんだけど。そういえばは食器片付けてくるから、お風呂入っていいよ、ってダイニングに行ったっけ。が食器落 とすなんてどうかしたのかな。フローリングに這うようなスリッパの音とともにダイニングを覗くと、がシンクをジーッ と眺めていた。僕が来た事にも気付いていないような感じだ。 「」 「…恭くん」 初めて顔を上げた。視線は一応こちらに向けられているものの、その実、心はまだシンクの中を眺めているらしい。別 に、罰の悪そうな顔でもなければ申し訳なさそうにしている顔でもない。まぁ、の家の、のものなんだから申し訳 なさそうにはならないだろうけど。隣まで寄ってみると、シンクの中が見えた。少し大きめの、深い鉢が真っ二つに割 れていた。あんな音がしたのだから、もっと粉々になっているものだと思ったけど。散っていたのは小さな、小さな欠 片。 「落としちゃった」 「知ってるよ。」 そっか、とは視線をシンクの中に戻す。多分、これからどうしようと考えているに違いない。普通にゴミとして出すの かな。それは少しもったいない気がする。もったいないって言っても綺麗に真っ二つに割れた食器を接着剤か何かで つけてまた使おうなんて思わない。割れ口の周りが少し黒くなっていた。なんで黒くなってるんだろう?も知らなさ そうだ。あぁ、やっぱりもったいないな。 「これ、結構綺麗な色だったのにね。」 「うん、の好きな色だったね。」 ペールグリーンの鉢はまだシンクの中に転がっている。特に片付けようと思わないし、だけどが怪我してないか な、っていうのもあまり気にしない。だって、は怪我をしたら痛いって言う。…やっぱりこれもったいないな。別にエ コとかそういうのじゃないけど。 「、捨てちゃうの?」 「うん。割れちゃったから」 「そう」 そうか、は捨ててしまうのか。でも、折角綺麗に2つに割れたんだし、何かならないかな。…2つ?うん、悪くない ね。 「、片方僕にちょうだい」 「割れたのの?」 「そうだよ」 なんで、って顔をされた。誰だってそれは不思議がるとは思うけど、そんなきょとんとした顔で僕に訊くなよ。なんでっ て2つだからに決まってるじゃない。あぁ、その2つっていうのが分からないからなんで、って顔をしているのか。まぁそ うだよね、普通。説明したところで君は理解するのかな。 「2つだから」 説明になってない、って言われた。それもそうだ、だけど他になんて言えばいいのか、僕にはパッと浮かばない。 だったらすぐに言葉が浮かぶのかな。 「もしかして、両方をお互いでとっておこうって話?」 「そういう話。」 すごいな、まるでテレパシー。ちゃんと言わなくてもには言いたい事が伝わる。ってすごいな、でも、他の人とも そうなのかな。あれ、テレパシーってことは今考えてる事も分かるの?やっぱりすごくない、それは思考に不法侵入 してくるって罪だ。 「でもあげない」 「なんで」 「だって、恭くん怪我しそう」 「それだけの理由?」 「うん……あ、でも」 でもってなんだろう。それより、僕が怪我しそうって馬鹿にしているのかな。まぁいいか。は可愛いからね、気にし ないでおこう。 「死ぬときも一緒、ってことで」 「いやだね、死ぬなんてごめんだ」 なんて陳腐な思想なんだろう。死ぬ?冗談じゃない。には嫌でも生きてもらう。 は、ふーん、あげないよ、とペールグリーンの鉢を、欠片も一緒に袋に入れた。 |