『人』の望むおぞましき世界。 佇むように君臨するようにまるでそこに存在するだけのその人は『おぞましき世界』の上に立っていた。その隣に座り込んでいる女の下には、息も絶え絶えな人間がいた。 立っている人は最強の名を欲しい儘にしている。彼が望んだわけではない最強の名だが。やはり彼の足下にも人間が転がっている。 『おぞましき世界』で彼は何をするでもなく、風を受けて学ランをなびかせていた。 「…相変わらずで、とても嬉しい。いえ、変わるわけはないのだけれど、あなたは過去だから。」 女が座ったまま彼を見上げ、含み笑いをしてみせる。 「何の話だい?君は誰だ …その髪、なの?」 彼は煩わしいような、苛立った顔をして女を見下ろした。彼の指す髪は蒼。、それは彼の想う人の名だ。他と交わらぬその特徴に、少し明るい空のような蒼い髪がある。 しかし彼の知っているは女性と呼ぶにはまだあどけない少女である。目の前にいるのは、目の前にあるのは、成熟した女性であってしかも見慣れぬ世界だ。 「ねぇ、誰なの」 「そうだね、なの。恭くん、あぁ、あなたは変わっていないのだから、嫌でしょうけど理解してね。」 「…どういうこと」 「ここは、あなたにとって10年後の世界なの。何か、弾に当たって気づいたらここにいた、でしょう」 「そうだよ」 「“ツナキチ”のところにいる男の子が持っている『10年バスーカ』、それが発した弾に当たれば10年後の自分と入れ替わるという代物。それに当たったんだ」 恭くん、こと雲雀恭弥は眉間にしわを寄せる。確かな状況説明と、根幹の揺れる事なき涼やかな声。しかし今の彼にとってはあくまで突飛な話なのだ。 「信じなくてもいいけれど、そろそろ元の世界に戻るあなたの目の前にいるはずのは、10年後のあなたから事情説明を受けているはずだよ」 「そろそろ、戻る?」 「この入れ替わりの効力が続くのは、5分間なの」 「ふぅん。じゃあ戻ったとの話が違ったらあなたを咬み殺してもいいかい」 「また会えるならね。もしくは、あなたが咬み殺せるなら、いつだって」 「分かりきったように…見透かすように言うね、気に食わないな」 女はクスクスと楽しそうに笑う。そして、立ち上がり軽やかに雲雀の首に抱きついた。 「…っ……!」 「はあなたが大切よ、あなたが何をしようとね。」 ボン、と音と共に煙が雲雀を包む。煙の中で、雲雀はが自分を『あなた』という二人称で呼んだ事はなかったと気がついた。 「…何してるの」 「何してたの……」 煙が晴れた向こうに、見慣れた景色、想い人の少女がいた。 目と、鼻の先に。 「なんで目の前にいるの。」 「恭くんこそ、なんで目の前にいるの…」 「10年後の君とやらが目の前に来たからだよ」 「10年後の恭くんが目の前に寄せたからだよ」 「「……。」」 「ただいま、」 「おかえりなさい、恭くん」 「10年前の僕を誑かしたの?」 「10年前の私を誑かしたでしょう?」 「君でよかった」 雲雀はにやさしく口づける。 『おぞましき世界』の中、2人はやわらかに降り立っていたのだ。
世界に生きる
|